☆ 縄・萌・愛 ー前略、癌を患いましたー

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背中の白蛇



去年の今頃、私の刺青が彫り上がった。

何度かに分けて入れた。

その時、先日亡くなられた小妻画伯に刺青美人の絵を・・

という話しがあった。

それは、すごく光栄な話しだと想う。

SM嗜好がある人の中で、

小妻画伯の描く刺青女性の緊縛画のファンは多く、

またM女ならばその絵の中の女性のようにされたいと想う人も多いだろう。

私も初めて見たときは驚きと同時にうっとりとなった。

その小妻画伯が私の刺青に興味を持たれ、

そして、何時も緊縛を担当している有名な責め師の緊縛で絵を・・

そう申し出があったのに、

私は断ってしまった。

理由は簡単である。













確かに、小妻画伯が私の刺青緊縛画を描かれたら光栄だと想う。

だけど、そうすると多くの人に目に触れることになり、

私の素顔や本名などは分からないだろうけれど、

私の彫りが私だけの物でなくなる様に感じた。

私が彫りを入れようと想ったのは単に「刺青が好きだから」というわけではない。

色んな思いや、これまでの多く嫌な思い出や経験などを払拭したい、

あるいは、自分の願いを叶えたい、

自分の意思表示とも言える問題だったので、

私が見せたい人(つまりは最愛の人々、彼氏や特別な友人)にしか見せるつもりもなかったから。













昨年の今頃、その話が合った頃、すでに小妻画伯は入院なさっていた。

早く回復して欲しいと想った。

その後、退院されて、今年になって、何度か「絵を・・・」と言われた頃、

やっぱりお断りしてしまった。

多分、小妻画伯が「描きたい」と想われるようなモデルを務めるには

緊縛を担当する責め師の先生と擬似的にも恋愛に陥って、

緊縛や責めをうける事を甘受出来る状態じゃないと無理だと想った。

それは私が拘ってきたSMのポリシーでもあった。

それが私には出来そうもなかったのでお断りしてしまった。

その頃震災があり、私は関東を離れたので、

彫り師の先生にも責め師の先生にも疎遠になってしまっていた。

ただ、10月に通院の為、上京したその日、

小妻画伯が亡くなられたそうで、

それをネット上で知った。

葬儀に参列すべきかどうか迷ったが止めた。

お悔やみの気持ちはある。

が、葬儀告別式に参列する事だけが供養ではないと想う。













私が絵を断ってから、小妻画伯はもう一度筆を握られたかどうか分からない。

もしかして病気が重く、もう描かれなかったかもしれない。

小妻画伯は多分最初の彫りから、途中、完成まで、私の写メをご覧になっただろう。

今となっては、私は私が決めた自分のポリシーの通り、

大好きな彼や、特別な友人数人にのみその彫りは見せない。

折角の心使い、小妻画伯の願いをお断りしても通した自分のポリシーだから

今も変えるつもりはない。

それが、供養と言えるかどうかは分からないが、

やはり他の人に見せることはないだろう・・・。

今年・・・私にとっていくつかあった大きな出来事の内の1つである。

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